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ジュニアに言わない助言

25年分の技術的アドバイスは、ほとんど賞味期限切れです。残す価値があるのは、その間一度も動かなかったいくつかだけです。

終点から逆向きに辿る経路が描かれたキャリアのタイムライン

ときどき、ジュニアの開発者に助言を求められます。そのたびに、少し立ち止まって しまいます。言うことがないからではありません。言えることの大半が、すでに賞味 期限切れだと知っているからです。

始まりは 2001 年のソウルでした。「ウェブ開発者」がまだ親に説明の要る職業だった 頃に、ウェブシステムを作っていました。次は東京で 9 年。ソフトバンク、JAL、トイザらスの店舗を運営する Java の コマースプラットフォームを作りました。デプロイを一度誤れば、どこかのオフィスで夕方のニュース沙汰になる ようなシステムでした。そしてトロント。この 7 年は、市や裁判所が入札を行う調達 ソフトウェアに携わっています。三つの国、三つの仕事の言語。乗り換えたスタックは 数えるのをやめました。

不都合な事実はこうです。その間のどの時点を取っても同じです。当時は最良 だったアドバイスでも、今そのまま口にすれば間違いになります。私が習熟した フレームワークは博物館行きです。会議で声を張って守った設計の仕方は、その後 二回は入れ替わりました。2008 年に苦労して得た見解を書き留めて知恵として 手渡していたら、渡したのは知恵ではなく負債だったでしょう。

だから、言わないことがいくつかできました。どのフレームワークに賭けろ。次に来る 言語はこれだ。一日何時間やり込め。全部、天気予報です。ジュニアに必要なのは、 預言者の声で語られる天気予報より良いものです。

生き残るのは、そのうちのほんのいくつかです。2001 年のソウルでも当てはまり、 2010 年の東京でも当てはまり、今朝のトロントでもまだ当てはまるもの。

仕事についての知識はフレームワークより長生きします。日本で書いたコードは 一行も残っていません。書き直され、置き換えられ、役目を終えました。今でも毎週 使っているのは、それらのシステムが教えてくれたことです。注文と在庫と決済が 実際にどう動くか、どんな状態がありえて、どんな変化なら許され、何が絶対に 二度起きてはいけないか、といったことです。 プラットフォームは足元で絶えず入れ替わります。問題そのものはほとんど変わりません。 何を得意にするか選べるなら、どこへ行っても通用する方を選んでください。

終わりから逆向きに歩きます。私は機能リストからは始めません。完成した場面から 始めます。請求書が印刷され、荷物が出荷され、落札通知が落札者に届く場面。そこから 一歩手前で何が整っているべきか、そのまた一歩手前には何が要るかを遡っていくと、 コードに辿り着きます。こうすると、システムはほとんど自分で設計されます。そして 最後の場面に役立たない機能は、作った後ではなく作る前に正体を現します。

書くより読むほうが、はるかに多い。2001 年には誰も教えてくれませんでしたが、 私のキャリアで最も正確だった比率です。他人のコード、かつて他人のもので今は法的に 私のものになった 10 年物のコード、ログ、仕様書、弁護士の書いた RFP。コードを 書くのは仕事の見える 1 割です。速く、寛容に、しかし疑うべき場所では疑いながら 読む力は、どの国でも、どのスタックでも、毎日利子を生みます。

信頼は複利で積み上がります。三つの国すべてで、そのまま両替できた唯一の通貨 でした。締め切りを守る。守れないときは、締め切りが代わりに語る前に自分から言う。 悪い知らせは自分で、早く届ける。私が見てきた中で最も速く伸びたエンジニアは、 派手な人たちではありませんでした。誰も再確認する必要のない人たちでした。

最近のジュニアは、私がしたことのない鋭い質問をします。エージェントがコードを 書く時代に、これはまだ意味があるのかと。私は、むしろ重要性が増したと思います。 私も毎日コーディングエージェントと働いていますが、道具が自動化するのは、まさに タイピングです。そもそも長続きする技能ではなかった部分です。タイピングがただに なった後に残る仕事が、まさにそれらです。結果が合っているか判断できる だけその分野を知っていること。どこを目指すべきか分かるだけ、目的地を知って いること。批判的に読むこと。信頼に値する人間であること。道具は仕事の比率を 変えただけで、核の部分はそのまま残りました。

そしてこれが、助言を求められて口ごもる本当の理由です。25 年は継承できません。 誰の 25 年もそうです。私にできる正直なことは一つだけ。立っている間ずっと動か なかった地面を指差すことです。歩くのは、それぞれの仕事です。